連載|すこし、遠回りをしていくから
2024.02.08
vol.11 - ブラウニー、ブラウニー -〈勝呂亮伍〉
約1年ぶりに当時使っていた、いつものルートを使う。
地下鉄のホームの位置、A6番出口、そして通勤の人しか使わないビルの裏口、もうとっくに忘れていると思っていたあれこれを、身体は自然と覚えていて、「記憶」というものの不可思議さに直面する。
目的地に行く前に、いつも使っていたコンビニに寄り、1年前と変わらない従業員と接客に、過ぎていった時間たちが次第に曖昧になる。
通用口から入り、カーテンで仕切られたコワーキングスペースを覗く。 いつもの位置にいつもの服装をした書店員がいつものパソコンを見つめている。 「好きな風景だ」と思いつつ、声をかける。 振り向き方も昔と一緒でなんだか嬉しくなる。
私が辞めてからの、いくつかの出来事を聞いたり話したりしながら、最近、同僚?が出版したZINEの話になった。『このゆるい歯茎は私のせいじゃない』というタイトルの日記本で、書くことに喜びを覚えて筆がのっていく様子や気分が落ちているときの変化など、一気に読み進めてしまう。
懐かしい気持ちになり、また本屋で働きたい気持ちが芽生えてくる。 冬の朝にだけみえる、この陽の差し込みがとても好きだった。オープン準備のためにひとり出勤する私だけが見ることのできる、ひかり。 いま働いている人たちはこれに気づくのだろうか。ふとした瞬間に、気づいてくれれば嬉しい。
働いているとき、1度だけ大遅刻をしてしまい、店を開ける時間に店に着くということをしてしまった。 そういう日に限って店の前で開店を待っている人がいたりするもので。 パニックを起こしながら謝罪をする。幸い、彼女は優しい人で笑顔で許してくれて、コワーキングスペースを利用した。 お昼休憩のときに店内の本をじっくり眺めながらランチと本を1冊購入してくれた。 その本がちょうど私が読んでいる本と一緒で、もしやこれは?と高鳴るものが込み上げきて、ほとんどない勇気を振り絞り、食後にデザートを贈った。
そんなことを、いま思い出したりしている。